竹ノ輪が運営するオンラインショップ「竹ノ輪商店」での販売が始まった小邦智美さんの「菓子切り」。
作家の小邦智美さんに、藤沢百合さん(株式会社スタジオ伝伝 代表)が聞き手となり、「菓子切り」への想いや、制作活動についての話を伺いました。
お菓子を崩さない普段使いの菓子切り
(藤沢) この菓子切りは、よく見られる菓子切りとは全然違いますね。私自身も茶席で使っていると、手元が華やかになるせいか「誰の作ですか?」とよく質問を受けます。独特な色合い、質感、薄さなどには、こだわりを感じますが、どんな思いで作られたのでしょうか?
(小邦) よく黒文字(木製のもの)の菓子切りが使われますよね。これを使うと、せっかくの美しい練りきりのお菓子が、食べるときに崩れてしまって残念だなぁと。すっと切れて、ちゃんとささる。食べやすくてお菓子の美しさが崩れないものにしたいと思って作りました。
(藤沢) 使うシーンとしてはどのようなイメージでしょうか?
(小邦) 茶席用で自分の菓子切りとしてひとつ持つのもよいですし、普段使いやゲスト用で何本も揃えてもいいようなイメージです。あくまでお菓子が主役だと思うので、器やお菓子に対して目立ちすぎなくてよいと思っています。すごく普通だけど、飽きが来なくて、なんかいいな、というようなものを目指してます。それから、いろいろな色があるので、季節や気分、お菓子や器にあわせて使い分けるのも楽しいと思います。
(藤沢) この2色の菓子切りは、色の切り替えがとてもきれいですが、どんな素材を使っているのでしょうか?また、製作の工程も教えてもらえますか。
(小邦) これは銅に錫引きを施しています。赤いところが銅、銀色のところが錫引き部分です。直径4mm、長さ5㎝程の銅丸棒を、12㎝程に叩き伸ばして作っています。なまして(火で赤くなるまで熱する)柔らかくして叩き、叩くと固くなるのでまたなますといった作業を10回程繰り返しています。その後、持ち手の部分を、荒らし槌という模様になっている金槌で叩いて、ざらざらにしています。その後に錫引きをします。バーナーで熱した銅に錫を当てて溶かし、綿で拭います。この温度調節が難しく、細心の注意を払います。金属によって粘度など性質が違うので、作る難しさも異なってきます。
(藤沢) 他の色の菓子切りもありますが素材が異なるのですか?それらの色の組合せも可能なのでしょうか?
(小邦) 色は、基本的には銅・真鍮・銀それぞれの素材の色になりますが、銅の場合は錫引きで2色にもできます。素材の色の経年変化はありますが、それを楽しんでもらえれば…と思っています。変色が気になる場合は、専用のクリーナーや磨き布等でお手入れするとよいと思います。
ものづくりへの道
(藤沢) 小邦さんご自身のことを伺いたいのですが、庭師のお仕事、また金工を学ばれて、家具や金属の小物作り、またイベントの会場コーディネートやプロデュースもやっていらっしゃいますよね。どのような経緯で今のようなスタイルになったのでしょうか。
(小邦) 基本的には、家具と金工が本業で、お花などの会場装飾はご縁があったときにお手伝いという感じです。
もともと庭に興味を持ったのは、祖母の影響だと思います。祖母は庭好きで、実家にはいろんな種類の木や花、特に椿がたくさん植えてありました。高校卒業後、進学で福岡から上京した時に、コンクリート造のワンルームマンションに住みましたが、カーテンを開けると窓のすぐ向こうが道路、というのに愕然としてしまって。ものすごい閉塞感で息が詰まりそうになりました。そのときに、庭は必要なものなんだ、大事なんだと強く思いました。その後何度か引っ越しをして、庭付きの木造の平屋に住んだこともありますが、音の伝わり方や温度の感じ方が全然違いましたね…呼吸が楽になるような感じがしました。生まれ育った家や庭の影響を、気づかない内に受けていたのかもしれません。
大学院では庭の研究をしながら、建築やグラフィックのアルバイトもしました。卒業後は、その時住んでいた鎌倉に溶接を教えてくれるところがあったので、そこに3か月程通い、それから家具を作り始めました。
その後、手仕事を覚えたいと、庭師になるためあちこち問い合わせたところ、なんとか入れていただけるところが見つかって。ようやく入ったけれども、実際庭師の職場は厳しかったです。体力的についていけなくなって、その後ランドスケープの設計事務所にお世話になりました。植物のことなど勉強させてもらって、でもやっぱり自分の手で作りたいと。設計は書類の仕事ですよね。図面を印刷したり、触るものはパソコンや、ペンや紙。どんなに設計図に細かく描いても別の人が作るわけですから、思うように出来上がらなかったり。それで、やっぱり小さくても自分の手で作りたいと思うようになりました。金属のことをもっと勉強したくて、藝大の工芸科の研究生になり、叩いて形を作ることを教わりました。
今は自宅に工房を作り、できる範囲で作っています。色々な方にお世話になり迷惑もかけましたが、教えていただいたことに感謝しています。今までは、学校や実務で学んだデザイン、好きだった庭や植物、手仕事を覚えたくてやっていた家具や金属、母がやっていた茶道…と、やっていることがバラバラで、自分でも何をしているのか分からなくて悩んでいましたが、最近ようやく少しずつ、ひとつに繋がってきているような気がしています。
転々として行き着いた先 庭のようにつくる家具
(藤沢) 庭や家具、金工と学ばれてきたことを、ご自身ではどのようにとらえていますか?
(小邦) ほんとうに今までふらふらしてきたなぁと。何でもその道一筋という人には憧れますが、自分は興味がいろいろでした。一筋にはならなかったけれど、いろんな素材に触れられて楽しかったです。
庭で使う、石、土、木、竹、植物。金属の、鉄、銅、真鍮、銀。
どの素材にも、それぞれによさがあって。いろいろな素材を用いて作るという意味では、庭づくりも家具づくりも、繋がっているように思います。それに、もともと世界は色んな素材が共存することで成り立っていると思うのです。庭にも縮景などのように世界を表現しようとしたものがあります。ミクロコスモスというか。世界の要素を抽出して組み合わせたような、小さくてもそういうものがつくれればと思います。
異なる素材の共存する世界
(藤沢) いろいろな素材を組み合わせたものとしてはどのようなものがありますか。
(小邦) 例えば、小さな銅の植木鉢があります。中に土を入れて、苔と松の実生を植えて、青銅の人形を置いたものでした。土があって、植物が生えて、人がいる。世界の成り立ちを抽出したようなイメージでした。小さな庭のようでもあります。
他にもアルミやステンレスのプランターや、石と鉄を組み合わせたオブジェなどもそういうイメージです。それぞれの素材と素材がぶつかるところ、触れ合うところに興味があります。異質なものが接するときのどきどき感やひりひりするような感覚。異素材同士の接し方や共存の仕方が面白いなぁと思います。そういう取り合わせや間合いを楽しむ感覚は茶道や茶室にもあるように思います。
材料ありきの家具づくり
(藤沢) 家具の場合は、どのように考えているのでしょうか?
(小邦) すべてを色々な素材を組み合わせてつくっている訳ではありません。例えば、木と鉄で作るベンチだと、脚を細くしたいので木ではなくて鉄にしようとか。でも、座るところは鉄だと固いから木にしようというように、当たり前のことですが、素材の特性を活かして組み合わせています。あとは、古材の風合いを削らないためにその寸法に合わせて鉄脚をつくり、木端に少しだけ鉄のアングルをかけて木目と鉄の細いラインを見せたいというふうに考えました。
(藤沢) このテーブル(小邦邸のダイニングテーブル)も、違う素材の組み合わせですね。
(小邦) はい、このテーブルも古材と鉄で作りましたが、葉山の桜花園に売っていたこのいびつな木を活かしたいというところからはじまりました。先に図面を描いて、図面に合う材料を探しに行くわけではないのです。表面も側面もでこぼこして独特の風合いがあり、削ってはもったいない形だったので、そこから考えはじめました。森の木立の中を小さな子が通るようなイメージだったので、柔らかい雰囲気の名栗の脚に、枝のように鉄の補強を入れています。
(藤沢) 私も自分の事務所のテーブルをお願いしたとき、最初に古材の板を一緒に選んでもらいましたよね。
(小邦) 板が不定形な形だったので、普通に4脚の脚をつけるのも違うかなと。脚を軽く見せたかったので、細い部材で三角柱を作り角度によって脚のラインがいろいろに見えるようにしました。
(藤沢) 日本的な意匠や伝統的な技術ということについては意識されているのでしょうか?
(小邦) 日本的や伝統的というのはあまり意識していませんが、日本人なので自然にそうなっている部分はあると思います。このダイニングテーブルも伝統工芸というものではないですが、基本的な技術としては、昔から受け継がれた木工、金工の技術でできています。テーブルの脚は、庭の門柱などによく使われる名栗の手法ですが、栗の原木を手斧(ちょうな)で六角に削って作りました。伝統的な意匠はあまり意識していませんが、できる範囲のこと、傍にある材料や技術を使っている感じです。
原始的なもの、合理的で遊びのあるもの
(藤沢) つくるときになにか参考にされているものや、心がけていることはありますか?
(小邦) 古いものは好きなのでよく参考にします。高校の頃は庭師か骨董屋さんになりたいと思っていました。古いものでも新しいものでも、原始的なもの、素材感が残っていて、素材に手を加えすぎてないものが好きです。素材が素材らしく生き生きしているというか。それからいつの時代のものかわからないようなものにも惹かれます。そういうものは普遍的なものだと思うので。それから合理的なもの。合理的だけど遊びがあるといいなと思います。
ダイニングテーブルを作った板も、穴あきで不整形で使い道がなくて売れ残っていたものでした。四角く整形してもいいのですが、そのまま使った方が手間もかからないし面白いと思って。そういう欠点を前向きに捉えようとする考え方は茶道などにもありますよね。栗を六角に削るのも、その方が材料に無駄が出ないからでもあります。量産なら四角に整形するのでしょうが、ひとりでのんびり作っている分にはそれでいいかなと。菓子切りも、使いやすいという言葉が一番うれしいです。
設えの仕事 季節と自然を感じられるように
(藤沢) 庭や家具、金工のほかにも会場装飾や設えのお仕事もされていますよね?
(小邦) 結婚式の装花をさせて頂いたこともあります。母の影響で日本の花や山野草が好きだったので…花だけでなく、お茶や着物なども母の影響だと思います。その結婚式ではたまたま頼んでくださった方がいたので、お受けしました。五月の爽やかさを感じられるように、会場の古民家に合わせて新緑の木や花を入れて、最終的には仮設の青竹の格子戸も作りました。
その他では、スタジオ伝伝の事務所開きのときに、設えのお手伝いをさせて頂きました。四方の窓から光が入る部屋だったので、ガラスに水が入っていたらきれいかな、茶室もモダンな感じなので、少し不思議な感じがいいかなと。まだ寒い二月だったので、春を知らせる咲き始めの花々を各部屋に入れました。茶室には床も床柱もなかったので、置き床として古材の板を置き、床柱と花入れを兼ねて、竹を吊りました。でこぼこした木目の板に、やわらかな春のお菓子が芽が生えるようにあり、その上に早春の花がかかる。茶室の席開きなので青竹を用いて、口が目立たないよう小さな穴をあけて生えているように枝を挿しました。浮いている竹が揺れて風や空気を感じられ、古材の板、お菓子、竹、花、それぞれの素材が生き生きするようにと。
子育てしながらの製作
(藤沢) 製作は、普段ご自宅でされているのですか?
(小邦) そうですね、作業していると子供も一緒にやりたがります。危険はありますが、ある程度はやらせています。子供も見て覚えるのか、いつのまにか真似して銅などを叩くようになりました。テレビを見せていても、作るほうに興味を持つようで寄ってくるので、それはそれでよかったと思っています。
子供が小さくて庭の現場にあまり行けないこともあり、今は自宅でできる家具や金属のものづくりにシフトしています。家具の製作はいつも、個人的に依頼を受けて、古材などを最初に一緒に選んでもらってから作っています。今は子育て中なので、どうしてもゆっくりになりますが。現場には行けませんが、庭にまつわるものとして、表札や照明カバーなども金属で作ったりしています。表札は1枚の銅板を鏨(たがね)で立体的に打ち出したもので、オーダーも受けています。
お気に入りを持ち歩く楽しみ
(藤沢) 最後になりますが、この菓子切りは、日本の方だけでなく外国の方へのお土産やプレゼントとしても喜ばれると思いますが、いかがでしょう?
(小邦) あまり意識していませんでしたが、刀のようにも見えますし、外国の方にも喜んでもらえるかもしれませんね。海外でも和菓子の人気は高まっているようなので、まずは和菓子を食べるときに使って頂けると嬉しいです。その他にも、洋菓子や果物のピックとしても使えると思います。菓子切りはナイフでもあり、フォークでもあります。切って刺せるというのは、海外からみても面白いカトラリーかもしれませんね。それに、お茶席では、みなさん自分の菓子切りを持ってきますよね。自分が汚したものを亭主に洗わせないような気づかいでしょうか。そういう自分のお皿(懐紙)とナイフ・フォークを持っておもてなしの場に行くというのも面白いと思います。それに、お気に入りを持ち歩く楽しさもあります。そういう文化も一緒に伝わると楽しいかもしれません。
(藤沢) 今回、菓子切りの鞘もオリジナルで作られたんですね。
(小邦) 藤沢さんには、スタジオ伝伝のイベントの際に、小紋染めの松永恵梨子さんをご紹介頂きましたよね。その後、松永さんの展示会などで作品を拝見してすてきだなぁと思ったので、菓子切りの鞘について相談しました。わたしのほうでコンセプトを考え、松永さんにはそれぞれの菓子切りに合う色柄や、裏表の染め分けなどもご提案いただいて、染めていただきました。自然の風景を描写するようなイメージで作りましたので、季節やシーンに合わせて、持ち歩いて楽しんで頂けると嬉しいです。
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小邦智美 Tomomi Oguni 庭と家具
1981年 福岡生まれ。
慶應義塾大学及び同大学院にてランドスケープデザインを学んだ後、2007年より家具制作を開始。庭師見習い、ランドスケープデザイン事務所勤務、東京藝術大学工芸科研究生を経て、2013年より鎌倉の自宅工房を拠点に制作。
庭のような家具をテーマに、古材、金属、石、植物などの素材を用いて、家具や小物、空間をつくっている。庭に関連して、プランターや表札、装花なども手がけている。
▷ 公式サイト「Tomomi Oguni」
▷ Instagram
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2016年8月 鎌倉の自宅工房にて
文責:藤沢百合(株式会社スタジオ伝伝)
写真提供:小邦智美
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