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2016年12月31日

「歌舞伎本興行初の立三味線を務める」長唄三味線方 三代目 柏要二郎

 

この度は、2017年1月浅草公会堂にて上演される「浅草新種歌舞伎」第2部「棒しばり」において歌舞伎本興行初の「立三味線」(たてしゃみせん)を務められます長唄三味線方 三代目 柏要二郎(かしわようじろう)さんにお話しを伺いました。

 

新春浅草歌舞伎公式WEBサイト

 

 

(竹村) まずは、歌舞伎本興行初の立三味線でのご出演、誠におめでとうございます。
(柏)ありがとうございます。来年(2017年)1月、「新春浅草歌舞伎」第2部「棒しばり」にておいて歌舞伎本興行初の立三味線を務めさせていただきます。

 

(竹村)長唄三味線(ながうたしゃみせん)について簡単に教えてください。

 

(柏)私たちが生業としております「三味線音楽」は数多くの種類がございまして、皆さんご存知の「津軽三味線」、また聞いたことあるよという方も多いと思われる「端唄(はうた)」「民謡(みんよう)」などがございますが、そうしたジャンルの中のひとつに「長唄」というものがあります。

 

「長唄」とは、歌舞伎が誕生したときに時を同じく発生し、共に発展を遂げ、現在まで歌舞伎と共に歩みを進めて参りました歌舞伎の舞台にはなくてはならない三味線音楽ということでございます。

 

歌舞伎の三味線音楽は、唄とセットというのが前提で、唄には唄の専門、三味線には三味線の専門とに分かれています。私は三味線の専門ですので「長唄三味線方(ながうたしゃみせんかた)」になります。

 

「方(かた)」というのは、それを担当する人のことを指していまして、唄う人は「唄方(うたかた)」、三味線を演奏する人は「三味線方(しゃみせんかた)」と言います。

 

 

 

ずっと身近にあった歌舞伎

 

(竹村)長唄三味線の世界へはいつ頃から?

 

(柏)5〜6歳の頃に初めて稽古をいたしましたから、そのぐらいの頃からですかね。

 

父が歌舞伎専属の長唄三味線方で三代目 柏伊三郎でございます。同じく父方の祖父も二代目 柏伊三郎ですので、直系では3代前より続いている長唄三味線方の家系です。

 

また、母は九代目 坂東三津五郎の次女ですので、今の坂東巳之助とは従兄弟になりまして、十代目 坂東三津五郎は叔父、九代目 坂東三津五郎は祖父にあたりまして、代々歌舞伎俳優や歌舞伎長唄三味線方の両家の間に生まれてきました。

 

 

お正月に「新春浅草歌舞伎」を観て、晴れやかに新年を始める

 

(竹村)歌舞伎と聞くと、歌舞伎座をイメージされる人が多いと思われますが、この「新春浅草歌舞伎」とはどのような興行でしょうか?

 

(柏)そうですね、年間を通して歌舞伎の本拠地というのは東京銀座にあります「歌舞伎座」であることに変わりはありませんが、1月のお正月公演というのは、東京だと歌舞伎座、国立劇場、新橋演舞場、浅草公会堂、加えて大阪の松竹座とあり、1年の中で最も歌舞伎の公演が多い月になります。
その中でも「新春浅草歌舞」は、そうした数ある1月の歌舞伎公演の中でも、特に若手の花形の俳優さんを集め、場所も浅草ということもあって、華やかな賑わいのある若手の登竜門的な公演と言えるのではないでしょうか。

 

一世代前には、市川亀治郎時代の市川猿之助さんが活躍されていたというお話はよく耳にしていましたが、私が二十代前半から二十代後半までの間、1月には国立劇場、大阪松竹座に出させていただくことが多かったので、「新春浅草歌舞伎」には縁がありませんでしたが、若手の俳優さんが一丸となって、主に古典の演目に挑むという公演、というイメージを持っていました。

 

また、「新春浅草歌舞伎」はお値段もお手頃で、一番いい席の一等席でも他の劇場の公演に比べてリーズナブルです。そうした意味でも足を運びやすく、比較的年齢の若いお客様に対してもおすすめのしやすい公演だと思います。

 

若さもあり、浅草ということもあり、そしてタイトルにも「新春」という言葉が含まれているとおり、ひときわ華やかな新しい年の初めにふさわしい公演です。

 

 

 

思い出の演目「棒しばり」

 

(竹村)ご出演される「棒しばり」とは、どのような演目ですか?

 

(柏)舞踊劇(ぶようげき)になります。元々、狂言から題材を得ているものですので、台詞を挟みながら進行する演目です。「棒しばり」は、近代の大名優と言われる六代目 尾上菊五郎、踊りの神様と言われている七代目 坂東三津五郎の2人が初演をしまして、坂東流の坂東三津五郎が初演を務めたこともあって、坂東流にとっても代々大切な演目です。

 

(竹村)そんな「棒しばり」の立三味線を務められるわけですが、「棒しばり」に関する思い出などがあればお聞かせください。

 

(柏)まず、「棒しばり」という演目はとにかく人気の演目なので、たびたび演奏させていただいておりますが、この演目の最初の思い出は、平成16年4月の歌舞伎座で上演されました際に、私の叔父にあたる十代目 坂東三津五郎と歌舞伎で初めて共演をさせていただいたことでございます。その時に叔父が務めましたのが、腕を縛られるほうの太郎冠者、対しまして棒で縛られます次郎冠者が十八代目の中村勘三郎さんで、当時はまだ中村勘九郎さんであったのですが、この素晴らしいコンビの舞台で初めて「棒しばり」の舞台に乗せていただいたというのが最初の思い出です。当時は、そのような舞台に立てることがとにかく嬉しかった記憶があります。

 

もうひとつの思い出は、平成25年8月歌舞伎座の納涼歌舞伎にて十代目 坂東三津五郎の次郎冠者、今の中村勘九郎さんの太郎冠者で「棒しばり」が上演されたのですが、その舞台に私は三枚目と言いまして、立三味線、脇三味線、そしてその次の三枚目というポジションで三味線を弾かせていただきました。それが叔父との最後の共演になったのではないかと思います。

 

なので、叔父である十代目 坂東三津五郎との共演は、「棒しばり」に始まり、「棒しばり」で終わったということで、とても思い出の深い演目です。

 

 

 

歌舞伎演奏の舵取り役

 

(竹村)「立三味線」とは、どいういったものですか。

 

(柏)「立三味線」というのは、歌舞伎演奏の場合、出囃子(でばやし)と言いまして、ひな壇に三味線方が居並んで音楽を奏でるのですが、私たちがやっている三味線音楽というものは、指揮者というものが特にいないわけです。誰が音楽をリードしているのかというと、中央に座っております「立三味線」になります。オーケストラで例えるならば第1バイオリンのような立ち位置でしょうか。

 

演奏の責任者であり、少なくとも三味線をまとめる責任は生じています。もちろん、唄やお囃子にも心を配りながら、演奏全体の舵取りをしていくリーダーのような役割です。

 

「立三味線」以外の三味線弾きと「立三味線」との一番の違いは、合図を受けてから弾くのか、合図を出す側になるのか、というところでも大きく変わってきます。

 

(竹村) ひな壇の中央となると、今までと見える景色も違いそうですね。

 

(柏)もちろん、全く違うと思いますね。三枚目だった時ですら全く違いましたから。(笑)

 

(竹村)座る位置によって景色が違うことは当然ながら、気持ちも変わってくるのですか?

 

(柏)そうですね。例えば、三味線方が8人だったとして、私が三枚目とすると、私の後ろにはあと5人居ることになり、私のところでもし演奏が途絶えてしまうと、あとの5人分がバラつくことになってしまいます。そうした意味でのプレッシャーというのは、凄くあります。

 

(竹村)坂東流にとっても大切な「棒しばり」という演目で、初めての「立三味線」を務めることが決まった瞬間の心境とは如何でしたか。

 

(柏)まずは何よりも、「新春浅草歌舞伎」の「棒しばり」で私に「立三味線」を、と声を掛けていただいたこと、それを取り計らっていただいた私の直属の先輩方への感謝というのが一番にありました。

 

(竹村)「はい!やりたいです!」と手を挙げて出来るものではないですものね。

 

(柏)その通りですね。自ら手を挙げてやれるということは絶対にありません。私共が所属しております尾上菊五郎劇団音楽部部長であります八代目 杵屋巳太郎先生からのお許しがなければできないことですし、松竹株式会社はじめ歌舞伎俳優の皆さま、そして諸々のご了承をいただけないと最終決定とはなりませんから、そうしたことが全て通過したということもあり、感謝というのが一番先に浮かんできました。

 

 

 

させていただく

 

(竹村)歌舞伎役者の襲名口上でも「させていただく」とよく耳にしますが、言葉通りなのですね。

 

(柏)全くその通りですね。自分でどう足掻いても、できないものはできないですし。

 

(竹村) 近頃、日常会話で「させていただく」の気になる使い方をよく見聞きしますが、殊に歌舞伎に関して言えば、本当に「させていただく」ものなのだと、つくづく思いました。

 

(柏)感謝の気持ちがまず何よりも先に浮かび、次に、大変な役割を任せてもらう以上、一生懸命に立ち向かっていこう、という気持ちでした。多くの先輩が私に三味線を教えてくださっておりますので、教えていただいたことのひとつひとつを思い出しながら、まずは教わったことを忠実に一生懸命やる、ということしか今はできないと思います。

 

(竹村)「柏要二郎が立三味線を務めるなら見に行こうか!」という人が増えることを期待しています。

 

(柏)ありがとうございます。まず「棒しばり」に関しては、予習をしなくても、ただただ楽しむことができる演目だと思いますので是非。

 

初代の柏 伊三郎、私の祖父の二代目 柏伊三郎、そして父の三代目 柏伊三郎も「立三味線」を代々歌舞伎の舞台で弾かせていただいてきました家なので、私も本当の意味で柏流を名乗るものとして、歌舞伎の本興行において「立三味線」を務めることは、意味のあるひとつのことだと思っておりましたが、その第一歩をこの様な舞台でスタートさせていただけるということは、本当に感謝の気持ちで一杯ですし、と同時に、大変に重い責任でもあると感じます。

 

ただ、そこは一生懸命、一生懸命という言葉は安っぽくはなってしまうのですが、兎に角、私といたしましては一生懸命に取り組むしかないので、今以上に、さらに懸命に取り組んで参ります。

 

(竹村)では、最後に、柏要二郎さんの「立三味線」を観に来てくださる方々へ一言いただけますか。

 

(柏)「立三味線」を弾かせていただける喜びですとか、自分の私的な感情というよりも、「そういうことをできるようになりました。」と報告できる皆さまが居る、ずっと応援してくださる方々が居るということが、私にとってどれだけ幸せなことかと強く思いました。

 

「立三味線」だからというよりも、これまで通り、基本に忠実に、一生懸命に演奏したいと思いますし、また「立三味線」を務めさせていただくにあたり、今までの弾き方ではとても通用しない部分があるという自覚もあり、そのためにしっかりと稽古を積んで参りましたので、そういった部分もご覧いただけたらと思います。

 

(竹村)ありがとうございました。

 

 

 

2016年12月 稽古場にて

 

文責:竹村圭介(竹ノ輪)

 

 

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(1)二代目 坂東巳之助

三代目柏要二郎とは従兄弟関係にあたる。
1989年 東京都生まれ。父は十代目坂東三津五郎。
1991年(平成3年)9月歌舞伎座〈八代目坂東三津五郎十七回忌追善〉の『傀儡師(かいらいし)』の唐子(からこ)で本名での初お目見得。当時2歳。
1995年(平成7年)11月歌舞伎座『蘭平物狂(らんぺいものぐるい)』の繁蔵と『壽靫猿(ことぶきうつぼざる)』の小猿で二代目坂東巳之助を襲名し初舞台を踏む。当時5歳。
近年では、大人気スーパー歌舞伎Ⅱ『ONE PIECE』において、”ゾロ”、”ボン・クレー”、”スクアード”の3役を見事に演じ分けた。
また、バラエティー番組、テレビドラマ、映画と歌舞伎のみならず、活躍の場を広げている。
2017年1月「新春浅草歌舞伎」第2部「棒しばり」において、長唄三味線方3代目柏要二郎と共演予定。

 

二代目坂東巳之助公式ホームページ

 

 

(2)尾上菊五郎劇団音楽部

昭和24年7月、6代目尾上菊五郎が病死したのちに、残された人たちで結成された劇団。歌舞伎の歴史上、芸名下に劇団とついていていながらその俳優本人が居ないというのは、尾上菊五郎劇団が初めてである。歌舞伎座をはじめとし、国立劇場、新橋演舞場、その他多くの場所で活動をしている。歴史のある劇団のひとつである。
尾上菊五郎劇団には、三代目柏要二郎が所属している音楽部、鳴物部などが存在する。

 

尾上菊五郎劇団音楽部ホームページ